歴代ミスりんご活動紹介

2013ミスりんごからのメッセージ

2015年04月10日

いよいよ近日中に2015ミスりんごの募集が始まります!
約2年間に渡り青森りんごの顔として国内外で活躍した2013ミスりんごの皆さんに、活動を振り返ってのメッセージをいただきました。

%E7%8C%AA%E8%82%A1%E7%BE%8E%E4%BD%B3%E5%AD%90%28HP%E7%94%A8%EF%BC%89.jpg
「2年間を振り返って」
2013ミスりんご 猪股 美佳子 
 
 ミスりんごに選んでいただいてから、早くも2年が過ぎようとしています。この2年間は後にも先にもないほどたくさんの方々と出会い、色々なことを学ばせていただき、そして経験させていただいた2年間でした。
 私は家がりんご農家で仕事も農業関係ということから、2年前上司の勧めでミスりんごに応募しました。幼い頃から周りにりんご畑が広がる地域で育ち、りんごはいつでも食べられる果物、「青森と言えばりんご」というのは当たり前のことだと思っていました。正直、最終選考で自分の名前が呼ばれた時は、喜びや期待よりもなぜか漠然と大きな不安を感じました。私は当初、「全国の子どもたちにりんごを好きになってもらえるように、食育活動を頑張りたい」と言ったものの、人前で話をすること、わかりやすい言葉で説明することや伝えるということが苦手でした。
 ミスりんごに選んでいただいてからは、「ミスとしての心構え」や「立ち居振る舞い」など基本動作から、「りんごについての知識」、「食育授業の仕方」、「台湾語レッスン」など専門的な知識まで学ばせていただきました。その中で青森県民の10人から15人に1人は、りんご産業に携わっているということや、全国の青果会社から構成される「青森りんごの会」があるということを知り、青森県だけではなく、全国各地の皆様に支えられて今の「青森りんご」というブランドがあるということを知りました。
 ミスりんごの活動は、りんごの収穫が始まる秋頃から、りんごの販売・流通が落ち着く春頃まで続き、青森県フェアでのPRや各企業の社食での試食宣伝、保育園や小学校での食育活動、地元プロバスケットボールチーム青森ワッツの試合でのりんごプレゼント、海外では台湾での宣伝活動などがあります。時には1人で現地に行かなければならないこともあり、正直気持ちに余裕がなく、用務終了後にはこれで良かったのか、ちゃんと言いたい事を伝えられたのか等、反省点が多かったです。しかし試食の際にお客さんからの「おいしい」という一言や、食育で子どもたちが「りんご好き~!」と言ってくれる言葉は大変うれしく、何よりも励みになりました。全国各地で様々なイベントに参加することで、生産者から流通業者、消費者の皆様などたくさんの人と出会い、りんご産業に関わる方々の熱意やりんごに対する想いなどを身近に感じることが出来ました。
 私たちがステージに立ってPRをする時間は数分から数十分と短時間ですが、何日も何か月もかけて念入りに準備をしてくださる方々がいたため、これまで何の不自由もなく活動してくることができたと思います。現地で優しく迎えてくださった青果会社の皆様、仕事のたびにフォローしてくださった県職員の皆様、いつも体調を気遣ってくださった役員の皆様、私たちが現場で困らぬよう入念に段取りをしてくれいつも支えてくれた事務局の皆様、そして一緒に活動をしてきた齊藤さん、藤井さん、この2年間に出会ったすべての皆様にお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。ミスりんごとして過ごした日々は私にとってかけがえのない時間を過ごさせていただいた2年でした。今までの経験を胸に、周りの方々への感謝を忘れず、これからも地元青森の魅力を発信していけたらいいなと思います。


%E9%BD%8A%E8%97%A4%E4%B8%80%E4%B9%83%28%EF%BC%A8%EF%BC%B0%E7%94%A8%EF%BC%89.jpg
「ミスりんごの活動を終えて」
2013ミスりんご 齊藤 一乃

 ミスりんごとしての2年間の任期がもうすぐ終わろうとしています。
振り返ってみると、これまでの私の生活からは考えられないくらい活動的で記憶に残る時間でした。
 もともと人前で話すことが得意ではなく、選考を経てミスりんごに選んで頂いたときは、正直うれしさよりも不安のほうが勝っていました。その不安な気持ちから、事務局の方や同期の猪股さん、藤井さんに迷惑をかけてしまうこともたくさんありました。ですが、そのたびにこのような私を役員の方、事務局の方、同期のふたりが支えてくれました。私が無事に任期を終了できるのは、まわりの方々の支えあってのことだと、本当に感謝しております。
 もちろん楽しかったこと、うれしかったこともたくさんありました。日本全国いろいろな土地の方とお話したり、幼稚園の食育ではお礼の歌をもらったり、ここには書ききれないくらいの楽しい思い出が2年間でたくさん出来ました。成長したこともたくさんあります。もともと苦手だった人前でのスピーチも難なくできるようになりましたし、いざという時に力を発揮できるようになりました。最初こそ自分に勤まるだろうかと不安な気持ちが大きかったですが、今となっては、ミスりんごとしての活動が終わってしまうことがさみしくてたまりません。ミスりんごとして活動できた2年間は、私の一生の宝物です。
 これから何か始めてみたいなという方、自分を変えたいなという方、ぜひミスりんごに応募してみてください。いろいろなことを経験して、いろいろなことが変わると思います。私がそうでした。これまで強い気持ちで何かをやり遂げたことがなく自分に自信が持てなかった私ですが、ミスりんごとしての活動を通じて、自分に自信を持つことが出来るようになりました。選考会でミスりんごに選んでいただいたことに感謝をしない日はありません。
 最後に、2年間でお世話になった皆様に、この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。
このように未熟なわたしがミスりんごとして2年間無事に活動できたのは、いつも優しく接してくださった役員の皆様、さまざまな相談に乗ってくださった事務局の方々、2年間共に活動した猪股さん、藤井さん、そして活動先で出会ったすべての方のおかげです。感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。

%E8%97%A4%E4%BA%95%E3%81%AA%E3%81%A4%E3%81%8D%28HP%E7%94%A8%EF%BC%89.jpg
「2年間を振り返って」
2013ミスりんご 藤井 なつき

 皆様こんにちは。第17代ミスりんごあおもりの藤井なつきです。
 大家喜歡吃蘋果嗎?(皆様、りんごはお好きですか?)
 青森県はりんごの生産量が日本一であり、見た目、味、品質の良さ、どれをみてもトップクラスです。そんな青森りんごと、青森県の素晴らしさを日本から世界中へお届けするのがミスりんごの役目です。
 高校時代、アメリカと中国に行ったことや、大学で青森県の地域活性化について研究していたことがあり、日本や地元の良さをたくさんの人に伝えたいと思っておりました。念願が叶い、大学4年生の夏にミスりんごに任命され、このお仕事に2年間携われたのは、自分の人生の中で大きな財産となりました。
 私たちの代から大きく変わったことがあります。それは黄色系りんごの宣伝です。新たに黄色いユニフォームもでき、青森県産黄色りんごマスコットキャラクター“黄りんちゃん”と一緒に各地でPRをしてきました。ステージや食育活動などで黄色りんご消費拡大のためのPRソング“ハッピーイエローアップル”のダンスを踊るなど、「りんご=赤」だけではないということをアピールしました。私も、黄王やトキが好きだったため、毎回のスピーチで黄色系のりんごのPRに力が入ったのはいうまでもありません。
 ミスりんごとして全国各地を訪れて感じたことは、皆様の「青森りんごに対する愛着」です。我が子のように愛情をかけて育てる生産者、美味しいりんごを届けようとこだわりを持つ流通業者、お客様に魅力を創意工夫しながら伝えようと努力するイベント関係者や行政など、多くの方々と出会いました。業種も(国を越えても)異なる人々が一丸となってりんごを売っていく、そのスケールの大きさに感銘を受けるとともに身の引き締まる思いがしました。
私が気を付けたのは3つ、“笑顔”“りんごに関する知識”“語学”です。青森りんごについて自信を持ってお客様に宣伝するためには、より努力が必要でした。研修以外にも自主的に図書館に通って文献や農業新聞を読み、また、リン先生の指導のもと台湾語の習得に励みました。試食宣伝でお客様と接している時、「あなたの笑顔、りんごみたいね。」と言われたことが多数ありました。私のりんごに対する想いが笑顔から伝わったのかなと思うと、とてもやりがいを感じました。
 同期の猪股さん、齊藤さん、仕事を通じてお世話になった皆様に感謝の気持ちをこめて、最後はいつものスピーチで締めくくりたいと思います。
 皆様が美味しい青森りんごで、健康で笑顔になりますように。
 ありがとうございました。
 


 
ページの先頭に戻る