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青森りんごの歴史

青森りんごの歴史年表

  • 明治
  • 大正
  • 昭和
  • 平成
年次 歴史的事項
平成元年(1989) 1月、東南アジア諸国向輸出拡大のため市場調査実施(香港、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、台湾) 9月7~8日「第37回全国りんご研究大会」を弘前市を主会場に開催。
2年(1990) 元年産りんごの販売額が1,093億円と初めて1,000億円の大台を突破。
3年(1991) 9月28日、台風19号は青森市で観測史上最高の最大瞬間風速53.9m/sを記録し県内全域で被害発生、被害面積22,400ヘクタール(90%)、被害数量38万8,000トンの被害金額741億7千万円。
本県りんご栽培史上最大の被害を受けた。“天災融資法”の発動及び激甚災害法の適用。
県は、「園地再生特別緊急対策事業及び落果りんご対策事業」等を実施。
4年(1992) 平成3年の台風19号被害にもかかわらず、被災園の復旧が全国からの温かい支援と生産者を始め関係団体等の懸命な努力により予想以上に進み、平年並の483,800トンの収穫量を確保。
台風被害に際し、全国からいただいた支援に感謝するため、5月9日黒石市(県りんご試験場)において台風19号全国支援感謝大会を開催し、後世にわたって記憶に止めるため試験場内に「青森県りんご全国支援感謝メモリアルガーデン」を設置。
5年(1993) 6月、これまで植物防疫上の理由により輸入が禁止されていたニュージーランド産りんごの輸入が解禁される。
12月、県産りんごがニュージーランドに初輸出。(ふじ:1.5t、陸奥:1t、王林:1t、金星:0.5t)
6年(1994) 6月、ニュージーランド産りんごが初上陸。(6月の実績235.1t:ロイヤルガラ91.4t、ふじ91.2t、レッドデリシャス30.4t、グラニースミス20.6t、ブレイバーン1.5t)
8月、生産量世界有数のアメリカ産りんごが輸入解禁。
7年(1995) 1月、アメリカ産りんご初上陸。(6年の実績9,124t:レッドデリシャス8,336t、ゴールデンデリシャス788t)
1月、県産りんごがアメリカに初輸出。(ふじ:15t)
県では、平成7年度を「りんご園地若返り元年」と位置付け、高率の補助事業がスタート。これにより、264ヘクタールの改植、35,100メートルの防風網整備等が図られた。
9月2日、弘前市民会館に県内外から関係者1,500人を招き、青森県りんご120周年記念式典を挙行。
8年(1996) 9月5~6日「第44回全国りんご研究大会」を弘前市を主会場に開催。
りんご協会が「女性栽培技術者養成事業」を開始。
8月、第1回目の知事と女性のりんごトークを弘前市で開催。
9年(1997) 2月「青森県果樹農業振興計画」を公表。平成17年度(2005年)のりんご栽培面積を23,200ヘクタール、生産目標を520,000トンとする。
4月、福岡市に「青森県福岡情報センター」を開設。りんごをはじめとする県産品の販路拡大、観光客誘致等本県の総合情報発信拠点として活動開始。
北海道、名古屋、大阪の各県外事務所も「情報センター」に改称(東京事務所を除く)。
10月、フランス産りんご(ゴールデンデリシャス)が輸入解禁され、12月に商業ベースで約12トン初輸入。
10年(1998) 1月、青森りんごの輸出促進を図るため、台湾(団長・知事)及び、タイ(団長・副知事)へ青森りんごミッションをはじめて派遣。
6月、9年産りんごの価格低落に対応するため、「りんご再生産確保緊急支援資金利子補給事業」を創設。
7月、文化観光立県宣言記念式典に、アセアン5か国(インドネシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)の大使等を招へい。
12月、オーストラリアタスマニア州産りんご(ふじ)が輸入解禁された。
11年(1999) 2月、台湾(団長・知事)、香港(団長・出納長)へ青森りんごミッションを派遣。
4月、青森県単独で「生食用りんご価格安定事業」創設。初年度として97,000トンを対象。
6月、オーストラリアタスマニア州産りんご商業ベースで110トン輸入。
7月、アメリカ産りんご5品種(ふじ・ガラ・グラニースミス・ジョナゴールド・ブレイバーン)追加輸入解禁。
12月にガラ119t、翌年2~3月にふじ52t輸入。
12月5日「青森りんご21世紀への誓い」を弘前市で開催。
12年(2000) 1月、タイ、マレーシアに対し、輸入拡大を要請。
5月24日「りんごの花を讃えるつどい」を弘前市で開催。
7月26日、ふじ発祥の地・藤崎町で「ふじ生誕60周年感謝祭」を挙行。
13年(2001) 1月、香港、台湾に対し、輸入拡大を要請。
3月、「21世紀青森りんご行動計画」策定。
2001年を「りんご元年」と位置づけ、りんご王国青森県のさらなる飛躍を目指す。
3月、「青森県果樹農業振興計画」策定。
平成22年のりんご栽培面積23,000ヘクタール、生産目標500,000トンとする。
4月、国の「果樹経営安定制度」が発足。県の「生食用りんご価格安定事業」から移行。加入数量は120,820トン。
9月22~23日、「2001年りんご元年の集い」を弘前市で開催。
りんごの日を11月5日とし、名称を「いいりんごの日」とすることを発表。
14年(2002) 1月、台湾に対し、輸入拡大を要請。
4月、りんごの開花日が黒石で王林とジョナゴールドが過去最早記録し、それぞれ4月22日、4月23日となり、ふじ、つがる、陸奥は過去最早と並ぶ4月24日であった。五戸では、王林が4月23日、ジョナゴールド、紅玉が4月25日と、いずれも過去最早を記録。
15年(2003) 6月、14年産りんごの価格低迷により経営安定制度2年続きで補填発動。 補てん金32億3千万円交付。
9月13日~14日、台風14号により津軽地域を中心に被害面積17,444ヘクタール、被害額72億9千万円。
16年(2004) 1月、台湾へ青森りんごミッションを派遣。
6月、上海への青森りんご輸出調査。
台風15号、16号、18号、21号、22号の接近や上陸に伴い9万3千トンの落果と1万本の樹木損傷、被害金額155億8千万円。
17年(2005) 豪雪により樹木損傷118億円の被害。愛知万博開催。
8月、アメリカ産りんご検疫措置緩和。(火傷病、指定園地制度や果実殺菌を廃止し果実の成熟検査のみ)
9月、弘前市を主会場に52回全国りんご研究大会開催。
18年(2006) 2月、台湾政府はモモシンクイガについて新たな検疫措置(生産者登録、選果場登録(73ヶ所)、モモシンクイガ発見時の輸入禁止等)スタート。
3月、青森県果樹農業振興計画策定。青森りんごグランドデザイン構想を作成し、「日本一の高級りんご生産で販売額1億円の復活!」を提唱。
豪雪により2年連続の被害(30億円)
5月、ポジティブリスト制度施行。
7月、タスマニア産りんご輸入解禁品種が全品種に拡大。
9月、新たにりんご経営安定対策のあり方について、青森県りんご経営安定対策検討委員会の神田建策座長(弘大農業生命科学部教授)より知事に需給調整事業と経営安定対策の2段階制度の創設を提言。
19年(2007) 暖冬少雪。青森地方気象台は58年ぶり2月中の積雪ゼロを発表。
4月、国は、果実需給調整・経営安定対策事業を果樹経営支援対策に移行。
4月、県は、独自にりんご経営安定対策事業を創設。
7月、ニュージーランド産りんごの検疫措置をアメリカ産並みに緩和。
10月、県は、放任園対策会議を開催。
台湾を中心とした18年産りんご輸出量は過去最高となる。
18年産りんごの販売額911億円を達成。

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